インカム・ギャップ
どこまでも透き通った海と空、白亜の町並み。ヴェリナード城下町の煌く白と青のコントラストに圧倒され、駆け出しレンジャーの少女は呆然と立ち尽くしていた。
「ここ、どこなん……?」
周囲を見回してみても同じような建物と配置で、どこから来たのかも憶えていない。道を尋ねようにも人気も感じられず、今この場にいるのも少女ひとりきりであった。
「これ絶対アカンやつ~! 思い出せ、ここまでの足取りを思いだすんや私ィ!!」
色素の薄い髪をがしがしと掻きながら、必死に町についてからの記憶を辿る。城下町の入り口の兵士に薬剤ギルドは右手の高台と教えてもらい反時計周りに歩いたものの壁に突き当たり、仕方なく入り口に戻って旅の扉を使ってみればギルドを越えて酒場に飛び、ならば今度は時計回りにと歩けばまた壁。仕方なく下の階層へ降りてみれば良い匂いがしてついそちらへ……。
ぐう、と真下からお腹の虫がなく声がきこえた。
匂いにつられて歩いてきたはずなのに、食べ物には結局ありつけていない。レベルの低い駆け出し冒険者にとっては城下町へ辿り着くまででも長旅でへとへとになるというのに、町に入ってからも迷って散々歩かされたのだ。空腹を自覚してしまった今、彼女にはもう歩く体力も現状を打破する思考力もなく、しおしおとその場に座り込んでしまう。奪われた体力と思考のかわりに湧き上がるのは悲観的な妄想ばかりだ。
「てゆーか、こんなシャレオツな町に田舎モノがくること自体間違いやったんや……私はこのまま真っ白な地面に落ちたシミとして散ってくのがお似合いなんよ……」
座り込んだまま指先でのの字を書き始めたころ、ふいにその指先を影が覆った。
「ちょっとキミ、冒険者がこんな裏通りに何の用事? しかも座り込んじゃって……具合でも悪いわけ?」
ウェディの女性と思しき人物が腰に両手を当てこちらを覗きこんでくる。逆光で表情もろくに見えないその姿が少女には後光を放っているかの如くに感じられ、思わず抱きついて叫ぶ。
「女神!! 捨てる神に拾う神の女神が降臨めされたでありますかっ!?」
「は? めが……っ? いやちょっと離してくれる!? 何よキミめちゃくちゃ元気じゃないの!!」
振り落とされまいと抵抗をする少女のお腹が、ぐうと再度主張をした。
「いや~ココットールさんのお陰で地面のシミにならずにすみましてん! 荷物も無事に届けられて懐もあたたまったし、ほんま感謝しとりますー!」
先ほどの陰気なオーラも完全に消えた少女は、待望の食事を頬張りながら案内をしてくれたココットールへと感謝を伝える。
「シミ……? まぁ初めてじゃ迷子になるのもわかるから気にしないで良いよ」
「私、駆け出しレンジャーやから基本森で過ごしてんねんでありますけど、こない都会に出たことあらへんから舞い上がってもーてもー右も左もわからんくなってしもて! そんでアカンアカンて死にかけてたくらいやってん、なんぼ実入りが良いちゅーても身の程ってのは大事なんと――」
「うんうん、大変だったね。沢山歩いてお腹空いてるでしょ? 私のことは気にせず遠慮なく食べて食べて」
おかしな敬語を交えたマシンガントークに終わりが見えないことを察したココットールがさりげなく食事に徹するよう促せば、おーきに、と少女は褐色の肌にニカッと屈託のない笑顔を浮かべると料理へと視線を落とした。一心不乱に口へと運ぶさまを眺めながらココットールは考える。
さみだれと名乗るこの少女は駆け出しレンジャーで資金も乏しく、ヴェリナードへ来るまでも馬車を使わずになんとか魔物から逃げ隠れながら徒歩できたとのことだった。レベルの低い冒険者にとってはさぞかし危険な旅路だったであろう。
「豪胆というか世間知らずというか……」
思わず零れた言葉に、さみだれが顔を上げてこちらを窺う。ココットールはさも何でもないといった顔で話題をそらす。
「大変だったぶん、報酬もいつもより多かったんじゃない?」
「せやねん! これなんやけど、いつもの倍以上あってんな!」
よほど嬉しかったのだろう、さみだれはジャラリとテーブルに報酬を広げてみせた。しかし、額面を確認したココットールの表情からは笑みが消えている。その不穏な気配に、さみだれも開きかけた口を反射的に閉じた。テーブルには先ほどとはうってかわって重苦しい雰囲気が漂っている。
「さみだれちゃん、この町の物価がどれくらいか知ってる?」
「へ……?」
ココットールは右手で額を抑え、もう片方の手で酒場のメニューの横の数字を指し示す。さみだれはごくりと唾を飲み込んだ。
「その報酬、ここのご飯代と宿代払ったら殆ど消えちゃうよ」
「……い、今飲み込んだやつとかまだ食べてないヤツとか綺麗に戻したらお金払い戻して貰えたりせーへんかな?」
「いや物理的に無理でしょそれは……ごめんね、私ももっと早く気づけば良かった」
比較的安い食堂を選んだとはいえココットールはヴェリナードを拠点に活動しており、駆け出しのさみだれとは金銭感覚がまるで違う。まさか報酬がその程度だとは思いもよらなかった。
「まあこれも何かの縁だし、この場は私に奢らせて? せっかく大変な思いをして稼いだ報酬だもの、大事に使って欲しいし」
「そんな、申し訳な……、いや、お言葉に甘えさせてもろてええんでありますか……?」
ココットールの提案に口では遠慮をしつつも、さみだれの目はうるうると期待にきらめいている。もとより金を出し渋るつもりもないが、ココットールは後輩や年下のこういった表情と態度に存外弱い。伝票を自分の側へ引き寄せると、さみだれには報酬をしまうよう促す。
「そのかわり、今後お金を使うときは額面に気をつけて使ってね」
「もももちろん、めっちゃ考えてつかいますんで! め、女神や~!!」
「その女神ってのはちょっと気持ち悪……いや、女神に不敬だからやめてくれるかな……」
便利で安い旅の仕方などもついでに教えたほうがいいのかもしれない。ココットールはどこまで面倒をみるべきかと考えを巡らせながら、自身も卓上に残った料理を口に運んだ。
リプで絡みを考える2にて書かせて頂いた小話です。
じゃんぼりぃ系Dさん宅のさみだれさんをお借りしました。
この後メガミンというあだ名をつけられてしまいましたわね……