重要の価値観

 旅人バザーエルトナ支部の美術品係であるベニヒワは午前中に鑑定依頼や展示会出展要請の手紙にひと通り目を通し終え、昼食後のお茶を優雅に楽しんでいた。軒先から望む景色も、茶葉も茶器も全て、こだわりぬいた至福の時間である。鈍色の瞳をほそめて茶を啜り、息を吐く。 「茶というのは茶葉や作法のみならず、茶器というのも大事なものだ。見た目・味・香り……全てを引き立たせる役割はやはり良質なものでなくては果たせない。そうは思わないかね、カイト」 「俺はその……機能性以外での良し悪しは分からないんですが、まあ、そうなんじゃないでしょうか」  戸口に立ったまま待たされていたカイトは急に話を振られ、曖昧にこたえる。その返答が気に食わなかったか、休憩時間を邪魔したことが悪かったのか、またはそのどちらもか。ベニヒワは呆れたように鼻を鳴らした。 「雅趣を解せぬとは哀れな人生だな。それで今日は何の用だ?」 「何の用だ、じゃありませんよ。この前の展示会の収支報告書、まだ提出してませんよね?」 「フン、そんなものの為にわざわざレンドアから出向いてきたのか。中央は随分と暇をしているようじゃないか」 「大事な仕事ですよ。そもそも期限をすぎてるのに催促してもいっこうに提出してこない、って経理部から泣きつかれて俺が来たんですけど……?」 「ならば貴様が暇人ということになるな。だいいち収支報告書の作成は経理の仕事だろう? 俺の領分ではない。それに催促の連絡というのにも覚えがない」  いちいち嫌味を入れなければ会話ができないんだろうか。思わず言葉にでかけたそれを飲み込んで、カイトは淡々と指摘を返す。 「経費収入の明細すら送られてこないんじゃ経理だってどうしようもありません。今日も催促の手紙が届いたはずですよ。ホラ、その黒い封蝋の……それが4度目の催促です」  カイトが指差した机の隅には午前中に検分したはずの手紙の山があった。バザー関連書簡を表す天秤の意匠をつけた黒い封蝋の手紙が、その端から姿を見せている。ベニヒワは片眉を吊り上げてみせると、肩をすくめ笑った。 「おやこれは失敬。どうやら他の案件に気を取られて見逃していたようだな。しかし重要な内容であるというなら、もっと見た目からそうとわかるようにして貰わねば困る。要改善事項として上に報告してくれたまえ」  ああいえばこういう、というのはまさに彼のことを言うのだろう。自分の非を認めたようでいてその実、ほかへ責任を転嫁させる巧みさには舌を巻くが全く尊敬する気にはなれない。カイトはこめかみを押さえた。まともに取り合っていては埒が明かない。 「それはまた後ほど報告しますので、とりあえず展示会の明細書類を出して下さい。時間がないので俺と一緒に今この場で報告書を作成してしまいましょう。 「馬鹿馬鹿しい、何故俺がそんなことまでやらねばならんのだ!貴様が勝手にやればいいだろう」 「明細書類の管理は貴方の仕事でしょう。それにこれを出さないと次の展示会開催認可もおりませんよ?」 「ぐ……」  文句を言い募ろうとするベニヒワを脅し文句で黙らせ、明細の整理と書類への書き出しを手伝いながら報告書を完成させたのは随分と日が傾いた時分であった。なんとか体裁の整った書類を手にカイトは安堵の息を漏らし、帰り支度をはじめる。 「しかし結局数字の計算や書き入れなんかは殆ど俺がやるはめになったな……」  計算は得意であるし、ベニヒワがやるより自分がやるほうが効率が良いのは事実だ。それでも。 「芸術を理解できない貴様のような凡愚でも、取柄は存在するようだな。喜ぶと良い」 「……褒め言葉として受け取っておきましょう」  自分の能力が役立ったはずなのに、全く喜びの感情が湧いてこない。人間関係において、態度と発言というのはこんなにも重要なものなのか……などと考えながら、カイトは先ほどとは違う意味でもって、大きく息を吐いた。

リプで絡みを考える2にて書かせて頂いた小話です。
wayaさん宅のカイトさんをお借りしました。
一応上の立場に対しても不遜なベニヒワ。