語るはたのし

 万国博覧会は、平たく言えば旅人バザー主催の各国最先端技術や芸術作品のお披露目会である。世界の技術者とその機器が集い、一般の人にも分かりやすい説明を付記し広く公開されるお祭りイベントであり、巨大なビジネスシーンでもある。  情報屋であり知的探究心旺盛なココットールにとっても興味深い催しであり、バックステージ見放題の関係者パスを手に入れるほど楽しみにしていた。そう、とてもとても楽しみに。 「なのにスタッフとして働かせられるなんてね……そりゃ確かにスタッフも関係者だけど」  誰にともなく不満をこぼしつつ、ココットールは盛大な溜め息をついた。彼女の担当は外部業者――各国より招聘された研究者や技術者がこれにあたる――の応対であり、全体の流れを説明したり休憩などの各種スタッフ施設案内などを行うのが主な仕事だ。出入りが激しい時間を過ぎれば待機ばかりとなるため、休憩に訪れた人と雑談をすることも多い。この日もしばらくした後にドルワーム研究院の女性と水上ドルバイクの機構について盛り上がり、意気投合してしまったくらいだ。 「いやー、水面で反重力装置をどう安定させて使用するのか不思議だったので、専門的な知識を持つ方から分かりやすい説明を聞けて勉強になりました。休憩時間中なのに有難うございます」 「いえいえ、こちらこそ興味を持った方とお話できるのは嬉しいですし、外部の方にどう説明すればいいかという試行錯誤はこちらとしても得るものが大きいですもの。宜しければ仕事が終わった後にご一緒にご飯でもいかが? そうすればもっとお話できますわ」  お互いウェディ女性であることも手伝ってか、流れるように話が進む。 「いいですね、オススメのお店をご紹介しますよ。そしたら改めて自己紹介しておきますね。私はココットール。普段は冒険者として情報屋なんかをやってるんです」 「ご丁寧に有難うココットールさん。私はベリルと申します。ドルワーム研究院で主に古代魔法関連の研究を専攻しておりますわ」  お互いに名乗りあったところで、ココットールはふと彼女の名前にひっかかりを感じる。 「ベリルさん、ですか……以前どこかで」  聞いたことのある名前だ、とまで声が出かかったところでココットールは思い出す。そうだ、彼女はカイトさんの『お気に入り』だ。  以前、夜通しで書籍修正作業を手伝ったときの話である。期限が差し迫るなか必死で作業をしているにも関わらず、カイトは彼女が訪ねてきたと聞くとわざわざ自らが対応に向かい結構な時間戻ってこなかった。ココットールは対応した時間分の遅れを計算しながら、この八方美人かっこつけ野郎がと呆れたものだ。 「あら、私のことを知っていらっしゃるんですの?」 とはいえココットールはベリル本人に面識もなければ思うところもない。だからこそ『カイトさんのお気に入り』というぼんやりとした認識しかないのだが。 「ええまぁ、旅人バザーでベリルさんをお見かけしたことがあって」  不思議そうに首を傾げるベリルにまさかありのままを伝えるわけにもいかず、ココットールは怪しまれないよう慎重に言葉を選ぶ。 「あんまり綺麗でいらっしゃるから印象に残っていたんです。……って、こんなこと言うと気持ち悪いかな? ごめんなさい」  両の手を顔の前で合わせ、やや上目遣いで申し訳無さそうに謝罪してみせるのは流石にわざとらしかっただろうか。そんなことを頭の端で考えるココットールであったが、まったく心にもないことを言っているわけではない。ベリルが外見に気を遣っていることは一目瞭然であったし、背筋をぴんと伸ばし自信に満ちた居ずまいは凛々しく美しい。だからただ少しだけ、大仰にリアクションしてみせているだけだ。 「えっ本当……っい、いやですわもう、ココットールさんたらお上手でいらっしゃるんだから」  気を遣っている部分に言及されて嬉しいのだろう。全然気持ち悪くなんてありませんわ、と慌ててフォローを入れるベリルはまんざらでもない様子で落ち着きなく髪に手をやったりしている。このまま話題を転換させていくのが得策だろうと踏んだココットールは更に言葉をたたみかける。 「いやいや本当に。私なんか冒険者って仕事柄どうしてもヒレとか乾燥しがちになっちゃって手入れもなかなか出来なかったりするんですけれど、同じウェディでもベリルさんはパッと見でも分かるくらいすべすべじゃないですか。研究者として忙しいことも多いでしょうに髪だって艶やかですし、何かとっておきのケア用品でもあるんですか?」 「あら、それをお聞きになる?」  きらり、とベリルの瞳が怪しく光った気がした。もしや地雷を踏んでしまっただろうか。空気が変わったことを肌で感じとったココットールは、さりとて引くわけにもいかず逡巡する。 「も、もちろん。食事の際はぜひそのお話を聞かせてください」  自分の手入れの参考にもしたいので、と付け加えれば、ベリルは水上ドルバイクの話をしていたときよりも更に嬉しそうに微笑んだ。 「ふふ、仕事上がりを楽しみにしておりますわ! ではまた後ほど」  軽やかに退席の挨拶をして去りゆくベリルを見送ると、ココットールは安堵の息を吐いてソファに沈み込んだ。 「有難いし嬉しいけど……あの様子だとこれは長い夜になるかもしれないなぁ」  藪蛇だったかもしれないとも思いつつ、それはそれで楽しい話が聞けるかもしれないしと思考の方向を変えながら、ココットールは今夜の店をどこにするか脳内で検討をはじめるのであった。

リプで絡みを考える2にて書かせて頂いた小話です。
なおさん宅のベリルさんをお借りしました。