昼下がりの書庫にて
ヴェリナード城の中核に位置する知識の間は一般に開放されている書庫だが、入城という行為に気後れするのか外部の利用者はまばらだ。数少ない常連であるココットールも静謐な空気を乱さぬよう靴音を抑え、書架の間を縫うように歩く。一定のリズムを保ち慎ましく響く靴音はしかし、目的の書物へ辿り着く前に途切れることとなった。栗色の髪をふわりと揺らし辺りを見回す少女の姿が視界の片隅に映ったからだ。見覚えのある風貌に、ココットールは己の記憶から情報を手繰り寄せる。
以前魔物の討伐でパーティーを組んだことがあり、兄妹で旅をしているのだと話していた冒険者。たしか名前は――
「……ナディアさん?」
「あら、ええと……ココットールさん? こんにちは、奇遇ですね」
ナディアと呼ばれ振り向いた少女は、声の主が面識のある相手だと気づいてか目尻をすこし下げ、胸に手を置くと柔らかく会釈した。歩み寄ってきたココットールも軽い会釈と挨拶を返す。
「こんにちは。こんな所でお会いするなんて、何か探しものでも?」
「特にこれといって目当てのものがあったわけじゃないんです。ヴェリナードの教会に用事があって。ついでにこの書庫にも寄ってみたの。私、本が好きだから」
頻繁に来れるわけじゃないし、もの珍しくてキョロキョロしちゃってたかしら? そう付け加えてナディアははにかんだ。ココットールはそんなこと……と否定しつつ、でも、と言葉を続ける。
「本に囲まれるとわくわくしてしまうのは私も書物が好きなのでわかります。ここは学術書が多いので勉強になることも多いですよ。折角ですし、存分に満喫していって下さい」
いつも一緒に行動していると聞いていた兄のノアが見当たらないことも、別行動であるならば納得がいく。困っているわけでもないのなら、趣味の時間を邪魔することもないだろう。
では、と踵を返して去ろうとするココットールの手を掴んだのはナディアだった。
「待って。ここで会ったのもきっと何かの縁ですもの。私、ココットールさんとお話がしたいわ。 書庫はまた今度でも良いけれど、貴女とはいつでも会えるわけじゃないし……ご都合いかがかしら?」
掴んだココットールの手を両の手のひらで柔らかく包みこみ、上目遣いでこちらを覗き込むように小首を傾げるさまは、整った顔立ちとあいまってなんともいじらしい。その可憐さたるや、殆どの男性は思わず首を縦にふってしまうだろうと思わせるほどだ。
――ううん、恋愛感情を含まずとも老若男女問わず好ましく感じる振る舞いよね。
そう心の内で冷静に訂正するココットールですら、悪い気はしていないのだから。
「急ぎの用事もありませんから喜んで。ここではなんですから、カフェにでも行きましょうか。フルーツタルトはお好き? 美味しい店が近くにありますよ」
ココットールの提案にナディアは瞳を煌かせ、それまで握りこんでいた両手を解くと己の口元を覆った。指の隙間から歓喜の声が零れ落ちる。
「まあ素敵、私フルーツが大好きなの……! ぜひ教えて欲しいわ」
ナディアの反応に、ココットールは満足するように頷く。
「決まりだね。では今日は不在の兄君……ノアさんの変わりとして、この私めがナディアお嬢さまをエスコートさせて頂きましょうかね」
芝居がかった会釈とともに手を差し出したココットールがウインクするとナディアは少し驚いた様子をみせたものの、すぐに悪戯っぽく微笑んでココットールの手に自分のそれを重ねた。
「有難う、とても楽しみだわ。……だって、ノアよりよっぽど所作がスマートだもの」
――今日はノアと別行動で丁度よかったかもしれない。女の子同士のお喋りはいつだって際限がないもの、一緒だったらきっと居場所に困っただろうな。でもそれはそれで面白いかも?
そんなことを考えながらも、ナディアは手をひかれるまま未だ見ぬフルーツタルトへの期待を胸に心を躍らせる。
リプで絡みを考える2にて書かせて頂いた小話です。
ノアさん宅のナディアさんをお借りしました。
このあときっと歌の話とかもしたんだと思います。