生と死のはざま
ガタラ遺跡住宅地の隅に位置する、古めかしい貸本屋に来る客はそう多くはない。本日一人目の来店もずいぶんと日が高くなってからのことだった。
「借りた本を返しに来ました」
店主であるサタンバレイは差し出した本を受け取ると台帳をめくり確認する。『魔物の寿命についての論文集』に返却の印をつけながら、返却主へと語りかけた。
「おう、思ったより早かったな。それで進展はあったか?」
「あまり」
短く答えるウェディの女、ココットールの顔には何の感情も浮かんではいない。サタンバレイの片眉を釣り上がる。
「けっ、シケたツラしやがる。ノーリアクションっていうのは一番つまんねぇ反応だぞ。」
芸人失格だなと嘲る言葉にヒレすらも動かさず、彼女はかわりに弁明を始めた。
「それは失礼したわね。結局人間の寿命では魔物の生涯を見届けるのは叶わないし、この先何代もの観察を必要とするって話だったから」
なんと魔族の研究者の話もあったが魔界はアストルティアよりも厳しい環境にあり、戦いや魔障といった様々な理由にから命を落とす。魔族も魔物も大半は寿命を全うする前に死んでしまうので、研究はあまり進まないのだと。
現在の研究結果としては『もっと時間をかけないと検証は難しいが、後世のためにデータは残しておく』という内容であった。
「そりゃクソの役にもたたねぇ話だったな。少なくともテメェが生きてるうちに進展は望めねぇワケだ」
「そうだね」
でも、とココットールは付け加える。
「パートナーを失った仲間モンスターの、その後についてのレポートもあったの」
1度仲間モンスターとなったものたちは元の魔物の群れに戻ろうとしても馴染めず、大半はオルファの丘で保護されること。なかには主人の死を受け入れられずその姿を探して彷徨い続けるものや、主人の後を追うように衰弱し生を終えるものもいたこと。
「仲間モンスターになった時点で、それ以前の生活には戻れないだろうことはわかった」
「モンスターにも後追い自殺があるたぁな。お前のところの毛玉もそうなるかもしれんぞ。……嬉しいか?」
「別に。嬉しくもなければ悲しくもないし、まぽちゃんが選んだことならそれで良いよ。」
ココットールが全く挑発に乗ってこないとみると、サタンバレイはさもつまらなそうに鼻を鳴らした。
「冷てぇ女だな。惜しみなく愛情を注いでくる相手に対して何とも思わなければ欲も沸かねぇとは不感症も良いところだぜ。テメェが死んだあとのコトなんざ知らねぇって嘯くなら、なんでんなことを調べてるんだよ。え?」
――下らねえ返答なら唾をたっぷり吐きかけてやるからな。サタンバレイがずい、と身を乗り出し顔を覗き込んだところで、ようやく二人の視線が交わる。
「私はただ、選択肢を増やしておきたいだけ」
「あ?」
ココットールの瞳には、あんぐりと口を開け不審そうにするサタンバレイが映り込んでいる。
「生きるのも死ぬのも、自分の意志で選択したいとは思わない?」
生きたくても生きられない、死にたくても死ねない。世の中にはそういう人だって沢山いるでしょう?
無機質な眼差しでサタンバレイを捉えたまま、ココットールは言葉を続ける。
「だから生きたいと思うなら生きる居場所を。死にたいと思うなら誰にも邪魔されずに旅立てる手段を。そしてその選択を取るに足る理由を。私はできる限りまぽちゃんに残しておきたいの」
置いていく側が出来ることなんて、それくらいだろうから。
「……強欲だな」
サタンバレイにとって、それはどれも不完全な形でしか手に入れられないものだ。己の手の届かないものなど、思いを馳せることすら腹立たしい。ましてそれを他人に与えようとなどとは、荒唐無稽にもほどがあるように思えた。
「だから善処するとしかいえないし、進展としては“あまり”なのよ」
「ご苦労なこって。……まぁ日を置いてまた覗きに来てみろ。新しい本が入ってるかもしれねぇからな」
腹立たしい事実を思い起こさせられたが、不思議と女自身への嫌悪感は沸かなかった。むしろ奇妙な親近感すら抱いている。また店に来いとまで言ってしまった自分が腑に落ちず、挨拶をし店を出ようとするココットールへサタンバレイは最後の腹いせとばかりに煽りかける。
「ところで、お前自身に生きてる『理由』はあんのか?」
「……さあね」
去り際、始終無表情だった彼女の口角が僅かばかり歪むのを、サタンバレイは見逃さなかった。誰も居なくなった店の中で、低くつぶやく。
「違いはあれど同類、なのかもしれねぇな」
リプで絡みを考えるにて書かせて頂いた小話です。
wayaさん宅のサタンバレイさんをお借りしました。
この二人はあんまり喧嘩とかしなさそうだな……