タロットデッキと恋と疑問

 夜の帳がおちるころ。人が賑わう酒場の隅に、遊戯卓を挟み向かい合う2人の女がいた。彼女たちはタロットを広げて何やら話し込んでいる。 「戦闘用のタロットデッキって、アズリナさんはどういう方向性で組んでる?」  防衛軍などで占い師をやる時の参考にしたいからと、ウェディの女……ココットールは向かい合って座っている本職占い師のオーガ娘へと雑談がてら質問を投げかけた。 「えっと、私はね……サポートとして使ってるから、力や教皇、皇帝、女教皇を軸にして――」  実際の手持ちカードを広げつつ丁寧に解説してくれるアズリナに、ココットールは時折詳細を確認しながら興味深く相槌をうつ。 「面白いね、やっぱり運用が全然違う」 「そうなんだぁ……。ね、ココさんはどんなデッキ組んでるの?」 「私の場合は囮役になることが多いから、月や星を主軸にしてるかな。火力底上げ用にアタッカーに恋人をつけたりするんだけど……」  普段は流れるように語るココットールが、目を伏せて言い淀む。 「うっかり同じPTにカップルが居たりするとトラブルになりかねなくて、デッキから恋人を外そうか考えてるんだ」  アズリナは一瞬、その意味が理解できなかった。 「……ええっと、気があるとか、そういう誤解をされる、ってこと? 恋人のタロットを使うことにそういう気持ちはないのに?」 「そう、そうなのよ。ペアドレアしてたり付き合っているのを公言するようなカップルは良いんだけどね……初めから避けるから」 ――問題はひっそりと関係を育んでるような人達なのよ。胡乱な目つきで深いため息を吐き、ココットールは続ける。 「恋人のカードを使うなんて実は何かあるんじゃないかーって喧嘩して別れた、2人は今後同じPTに組み込まないようにしないと……みたいな話を後で聞いたりするとね。何もないってば」 「それは……私も分かんなくてやっちゃうかもなあ」  他意もなければ誰に咎められる謂れもないが、なんとも後味の悪い話である。聞いているアズリナも眉は八の字に、口はへの字に下がってしまっている。その様子にココットールはしまった、とばつが悪そうに話を切り上げた。 「あー……ごめんね、愚痴になっちゃった」 「ううん、全然気にしないよ! むしろなんだか嬉しい」  こちらをからかったりはしても一線を引いた態度を崩そうとしない彼女が感情を吐露してくれるほどには、親しくなれているのかもしれない。そう思うとアズリナの表情から曇りは消え、口元もしらず緩む。ただ、脳裏には1つだけ疑問が浮かんだままだ。 「でもココさんなら鋭いからそういうの気付きそうなのに。意外」  長い沈黙が訪れた。 「お互いに向ける好意みたいなものなら察することもある、けど。それが恋愛か親愛かどうかの判別が、ね」  テーブルの染みを見つめたまま、ココットールは言い訳がましく息を吐き出す。 「……そもそも理屈が通らない話が多すぎるのよ、恋愛関係は。討伐や防衛軍の戦闘なんて、いわば冒険者の仕事でしょ? 仕事中にそんな私情を挟んだ行動はしないわよ……少なくとも私は!」  拳をテーブルに叩きつけんばかりの気勢に押されつつ、アズリナはなんとか相槌をうつ。 「う、うん、そんな感じするね」  でも割り切れないのが恋愛じゃないのかなぁ……想像だからよくわからないけど……などという感想は心の隅にしまい込む。そんなことは彼女だって百も承知で、今はその理不尽さに巻きこまれることを嘆いているのだから。  アズリナにとっても他人事ではない。同じようなトラブルに遭遇する可能性が、ないとは言えないのだ。 「私もタロット打つとき、戦いの効果以外のことなんて考えたことないもん……そんな風に受け取る人がいるなんてビックリだよ」 「だよね。仮に自分が逆の立場で、想い人に別の人が恋人のタロットかけたからって、それ気にする?」  ココットールから投げかけられた問いにアズリナは想い人なるものを頭の内に描いてみるものの、その輪郭はぼんやりとして定まらない。どうにも現実感のない話だが、精一杯の想像をしてみる。 「うーん……もしかしたらモヤモヤするかもしれないけれど、戦いの場だしって納得してお終いかな」 「まぁ、そんなところだよねぇ」  ひとつ判断を違えれば死ぬことすらある戦いの場で、そんなことを気にかける余裕がそもそもあるのか。或いは“そんなこと”と認識していることがまず違うのか。  理性をねじ伏せ身を焦がすような情愛を誰かに抱いたことのない2人には想像が難しく、また腑に落ちない話であった。  カップに残るココアが冷めきってもなお納得できる答えを見つけられないまま、結局“そういう考え方をする人もいる、という認識がもてただけでも良しとしよう”と議論の成果を結論づけ、その晩は解散となった。  いつか自分たちにも理解できる日が来るのか、それとも一生来ないのか。誰にも答えられない疑問だけがその場に残されたまま、静かに酒場の夜は更けていく。

リプで絡みを考えるにて書かせて頂いた小話です。
あおねこさん宅のアズリナさんをお借りしました。
アズリナさんは直感で色々感づくタイプだろうけれど生真面目さんなので二人で首をひねる話題かな?  と。